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新たなプロジェクト 今日、千葉県長生村の関係者の方々の訪問を受けました。かつて参加した千葉県旭市が作成した「総合計画」が目に止まり、同じように中学生に町づくりに参加させたいという意向です。 村役場の担当者と中学校の先生方が、計4名でいらっしゃいました。皆さん、中学生に大変期待しています。 長生村は九十九里浜の南端に位置し、人口15,000人ののどかな町です。人口7万の旭市は北端に位置していますので、九十九里浜がプロジェクトでつながることになりそうです。 むろん、お引き受けしました。旭市での経験がありますから、その一段階上をめざそうと思います。いろいろ資料を渡したところ、最も感激してくれたのは役場の若い担当者のSさんでした。「行政でもこのような研修をするのですが、旭の例は実にきめ細かい配慮がされているのですね」とのこと。重要なスタッフになりそうです。 長生村の150名の中学2年生が、どんなプロジェクトを展開し提案につなげるか実に楽しみです。 キャンパスは、次第に青葉が目立つようになりました。今日の授業には170名ほどが出席しました。
[NEWS]南太平洋で戦死した弟の日記、66年ぶり姉の元へ 米ミネソタ州の会社員ダスティン・ビシャーダさん(36)が2006年12月、米海軍兵だった祖父の遺品の中に、日本語の日記があると知った。A5判で、41年12月から42年5月までつづられていた。祖父が所持していた経緯は不明だが、「家族に返したい」と、同僚で埼玉県出身の井ヶ田静さん(37)に相談。静さんと、同県入間市の母、啓子さん(64)が縁者を捜していた。 昨年12月30日付の読売新聞千葉版で、日記の存在が紹介され、正さんの氏名が記されていたことから、記事を読んだ台野さんの家族が同日、啓子さんに連絡。静さんが一時帰国で持ち帰り、啓子さんとともに台野さん方を訪れて、手渡した。 正さんは7人きょうだいの末っ子。42年1月、館山海軍航空隊に面会に来た家族について、「小遣いもくれるし幾ら私が謝絶しても駄目だった。益々(ますます)血肉の姉の有難(ありがた)さが身に沁(し)みる」などとつづられていた。 足腰が衰えた台野さんは、縁側に身を乗り出して日記を開き、「貧乏で進学させてやれなかったが、頭の良い子だった」と振り返った。同席しためい、生貫(うぶぬき)せつ子さん(76)(千葉県長生村)は
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